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死生観から見るジャパニメーション

エヴァンゲリヲン新劇場版:Qの興行収入が2013年1月中旬の時点で50億円を超えました。デフレといわれている状況においてこれだけの収入を上げているジャパニメーションの現象について考察しました。

「コピペ可能なフックのあるセリフの連打」

エヴァンゲリヲンは、私たち日本で暮らしている人々が抱えている意識、無意識に関わらず、未消化なまま切り捨ててしまおうとする感情や感覚のヒリヒリとする痛みの弱さ、漠然と整理できない思想や死生観を、CMに使われるコピーのように、よりシャープにわかりやすく変換して、切り取り可能な言葉を多様していました。→セリフを集めたツイート

「爆破シーン前の緊迫感と後のスッキリ感」

わかる人にしかわからないかつての映画や物語へのオマージュと、爆破シーンから抱く破壊へのスッキリ衝動もあわせ、そういえばハリウッド映画にカーチェースや爆破シーンが多いのは、考えるよりも尋常ではない緊迫、緊張感と破壊への解き放たれるスピード感のある感覚への誘導がおこなわれているからなのですが、エヴァンゲリヲンの戦闘シーンと破壊にも、似たような感覚誘導を受けました。

「宗教観とアニメーションの可能性」

日本人の宗教観は習慣化しているため、イスラム教やキリスト教のような乱暴な言い方をしてしまえばオレが神!的な巡礼や服従、儀式の拘束もほとんどありません。 ですがシンジ=エヴァ=キリスト(の福音)解釈はググると多く見つかります。

好き、嫌いではない宗教に結びつく解釈による拘束がキーとなる展開は、冒頭でも述べましたが理解しがたい孤独な虚無感への拒否感と小さな小さな信じる強さへの憧れのような純粋な感情が混在している切り捨てられないというわかりやすさを見せたものなのかもしれません。

アニメ−ションでしか描くことのできない刹那と宇宙への憧れ、この先があるかもしれないという期待を抱かせるようおわりへ。 →首都大学東京システムデザイン学部航空宇宙システム工学コース・宇宙システム研究室 ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q_冒頭6分38秒_宇宙考証の解説

「切り捨てられない痛みの表現と死生観」

全体を通して繰り返しになりますが、切り捨ててはしまえぬ、されどあまり直視はしたくない心理的な痛みの可能性に対する現時点における表現と、震災後によりわかりやすい形で提示され続けている喪失感と死生観のミックス共感強め方向への引力だったのではないでしょうか。

ジブリ映画にみられる、小津安二郎がかつて作り出していた日本人の情緒、安心感、家族とはの表現と類似点を通して、エヴァンゲリヲンシリーズの対極にあるようにも見える”一人感と独り感”の繋がりについて、もう少し考察できる時に触れたいと思います。

※ジャパニメーションとは、アメリカでは”Jap(日本人に対する軽蔑語も含まれている)”とアニメーションの合成語として、偏見的な意味合いを含んで使われることが多く、「下らないもの」、「子供に良くないもの」として生まれた言葉と認識されている。日本では、アニメーションの略として使われている”anime(アニメ)”が一般的には日本製のアニメという意味で使われている。しかし、今日では日本の数少ない世界価値の1つである。

喪失感ということから先日、著書「喪失を贈り物に変える」を多摩美術大学のサイトで紹介していただきました。週刊新潮に掲載されました書評や内容は、こちらからご覧ください

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