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制作のためのルーツと考察:(1)「イスラームと宗教」

現在は、麗澤大学名誉教授(臨床人間学)水野次太郎さんからアドバイスをいただきながら、ナラティブ考察の視点や観点から、アート作品としての制作と講演やワークシップを通じて、社会問題への取り組みをしています。

都市の防災システムを長きに渡り研究、実現してきている叔父の村上すみ直さん(都市工学博士)からは、人が集い、使っていくことで起きていく「場」のチカラについてなど、時々アドバイスをいただいています。

今回は、「イスラーム」と「宗教」について、イスラームとしての社会認識と非イスラームとしての社会認識、「相互の認識のずれ」と偏見、差別、迫害の印象について、浅くはありますが考察しました。

※イスラム文化については多摩美術大学で中村寛准教授講義を受講して、無宗教である私が個人として興味を持ち2回に分けて考察します。

◉イスラームの意味

ムハンマド(イスラーム教の開祖)がアッラー(唯一絶対神)の啓示を受けたとして創始。ムスリム(イスラム教徒:神に帰依する者)の信仰生活は、コーランとハディース(ムハンマドの言行録、ムハンマドは、字が書けなかったため弟子が書いたもの)によって体系化。始まりは、世直しのような社会運動に近い=コーラン→イスラム教=最初は隠れて洞窟での瞑想から少しずつ始まっていった運動。理念:怒りを静める1日5回の祈りを重要とする。男女平等も含まれる。

◉アッラーのアラビア語としての意味

唯一神(GOD、神は唯一なり):イスラーム発祥当時、アラブのユダヤ教・キリスト教もアッラーフと呼んでいた。ムハンマドに啓示が下された後、イスラームにおいて万物を創造し、かつ滅ぼす(やむを得ない場合は戦う=中傷、虐待を受ける=耐えられない←→耐える→社会環境を良くしていくため故の戦い)ことのできるものが唯一とされ、その超越性が、少々異常な強調をされるようになっていった。

◉アッラーの神の表現の誤りと今日、避けられている理由

現在もイスラームは徹底した唯一神教で、アッラーのほかに神を認めていない。「アッラーの神=God(世界共通同義語)」のはずが、イスラームでしか使えないと信じている人が多い。ネーミングのブランド化という特異な事例である。これに対して、「アッラーという言葉はエジプトやシリア、インドネシアの聖書でも使われており、異教徒の使用に反発する感情や、政府による禁止はイスラム世界で特異」との意見がある。
イスラームと宗教について、イスラームとしての社会認識と非イスラームとしての社会認識、「相互の認識のずれ」とそれに伴う偏見、差別、迫害の印象について。
それぞれの拒否反応を否定、その考え方を説得するための文章ではありません。

◉イスラームにおける内と外

イスラームやムスリムと聞いて、おそらく9割の人がネガティブなイメージを持つとやはり思います。
それはテロリスト、犯罪者、感情的、激情的また「テロ」に関して謝らない、ジハードとしての殉教などをできれば見たくない、またはジハードをしなくてはいけない状況について考えたくはないという思いがあるからではないでしょうか。

本来のジハードの意味は、「奮闘努力」というアラビア語です。自らを律することを「内なるジハード」、 イスラム世界を防衛、拡大するための戦いを「外へのジハード」といい、「聖戦」と訳されています。私たち非イスラームにとってのジハードとは、「外へのジハード」としてのみ認識してしまっているという社会的現状があるのではないでしょうか。

まずは宗教とイスラーム(ムスリム)について、それぞれのもつ構造や概念の根本について少し掘り下げてみようと思います。

◉宗教のおおまかな位置づけと推移

宗教本来の概念は、「人間の力や自然の力、時間や空間を超越した、社会的または個人的な善悪ではないものを中心に内包する宇宙観」存在としての観念を持ち、社会活動をする集団となります。
宗教の語源はラテン語のreligioから派生しており、「再び」という意味のreと「結びつける」という意味のligareを組み合わせ、神と人を再び結びつけるということ。この名称化は、教義としての西欧化への促しがあるのではないかと私は考えています。

古代の人にとって宗教は火、農耕と並び「道徳、法律、思想、教育、勉学、のちに美術の流れと系統づけられていった洞窟壁画などシャーマニズムとして“観て感じる”芸術、音楽、舞踏、建築の宇宙観を内包している歴史上、残り続けていく表現」と、社会を統制していくための重要な中心的主柱としていたと考えられます。

では近代(現代)の宗教とは、どのようなものを指すのでしょうか。

仏陀の説いた教え、また自ら仏陀に成るための教えとしての「仏教」。一神教としての「キリスト教」、「イスラム教」、「ユダヤ教」。
宗教本来の概念として最初に書きましたが、これらは、実践的であり、寄り添える依存可能なもの、万人の心の中にある宇宙観を伝える為の教義、儀礼、施設、組織などをそなえた社会集団としての観念を持ち合わせている「宗教」という体系の代表的なものになります。

ここからイスラームの前近代と近代における変化、外へのジハードについて考察します。

◉イスラーム以前、以後の大まかな推移

イスラームは、ムハンマドがアッラーの啓示を受けたとして創始されました。
ムハンマド以前のアラビア半島をジャーヒリーヤと呼び、ジャーヒルとはアラビア語で「知なき無知」を意味し、真なる知識を持たなかった時代とされ、日本では仏教用語を拝借して「無明時代」ともいわれています。
その頃の社会状況は、360もの神が偶像崇拝され、神の像のミニチュアがお土産用に売買されていました。商いの状況は活気があったものの、階級差(貧富の差)も激しく、多重婚、乱婚、奴隷制度がそれぞれの部族単位で頻繁に行なわれていました。

イスラームは、ムハンマドが啓示を受けた当時、最初は洞窟で意思の疎通ができるものたちによって抑圧からの解放を目指し密やかにはじまり、少しずつ、世直しの様な「社会運動」に近い流れができ、コーランが生まれ、「一神教」としての体系化がなされていきました。
しかし、新しいものに尋常ではない嫌悪を抱くことや権威による抑圧があるように、差別的な宗教弾圧を受けていきます。

◎現在の「社会運動」と「イスラーム」の関係

1980年から1990年にムーブメントのように起きたグラスルーツ(草の根の運動)の流れとも比較してみると、イデオロギーの対立(イデオロギーとは世界観:物事に対する包括的な観念)により、見えにくかった社会問題の意識や実情が可視化され改善されていくのか?という不特定多数への問題定義へと繋がります。それは、政治や権力、社会背景が関係し、すぐには問題解決が難しいものであり、「社会運動」、「抵抗運動」として「デモ」が繰り返されています。
近代におけるイスラームの行動は、信念と共に依存可能な宗教を基点としたムスリムによる「聖戦=ジハード」という“外部を遮断”と受け取られてしまう極端な行動が、マスコミを通じて大きく取りざたされている現状があります。
ここで、ムハンマドの時代へと少し戻ります。社会的価値観を、作り直す為に始まったイスラームの流れは宗教弾圧を受けるたびに抑圧が溜まっていき、最初は戦わないとしていたものの、イスラーム的な「信念を持った戦い」へと変化していきます。
ムハンマドが生きていた当時は、男女平等と尊重、コーランによる教義、一日5回決まった時間に祈り、「祈ることで怒り」を鎮める、大切な時間として、祈りは大きな意味を持っていました。
前近代から近代のイスラームにおける変化については、表面的には変わらず継続しているように見えますが、その解釈と行動が世界の状況と断絶してしまっているように見えなくもなく、イスラーム←→非イスラームの関係が、崩れてしまっている現状があるのではないでしょうか。これは、西欧化の原理主義(原理主義:厳密な意味は違いますが、fundamentalism、根本主義)とも関係し、問題がより複雑になり、対立をうんでいるように思われます。

 

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